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再び学びたいと思った。

エマーソン・カレッジで大学院を卒業したとき、もう二度と勉強したくないと思った。

お金(学費)を払って課題をこなし先生に論評されるなんてもうまっぴらごめんだと思った。そのくらい大学院の2年間は勉強した。人生で一番勉強した。大量の本を読み、書いて書いて書きまくった。単位をとり、無事に卒業できる見込みがわかったときは心底ほっとした。2002年にぼくは卒業した。もう二度とお金を払って勉強なんかするものかと固く誓った年だった。

 

人生は一生勉強であるという言葉は陳腐なくらいに言われているが、その意味を本当に理解できたのは、17年後のことだった。

 

ぼくは勉強という意味を、本を読んだり新聞を読んだり様々な経験を通して知見を深める程度にしか理解していなかった。だからその意味においては勉強は続けてきたつもりでいた。

もっとも、こうしたことを勉強のうちにまったく入れないとは言わない。これもまた勉強のうちだ。しないよりマシなのだから。

 

でも、一生勉強の勉強とは、もっと何か一つのことを体系的に学ぶこと、それをいくつも重ねていくことを指すのではないかと本を読んでいて気がついた。パパ友であり、「おとこそ」へブログを寄稿してくれる橘さんが貸してくれた「小さくても勝てます」さかはらあつし著を繰り返し読むうちに、その考えがどんどん成長し、確かなものへと変わっているのを感じたのである。

 

すると、ぼくの中で再び学びたい欲求がふつふつと湧いてきた。金がないのにお金を払ってでもきちんと教えてもらいたいという意欲が高まってきた。

 

経済学を学びたい、と思ったのは自分でも意外だ。これまでの自身の傾向からすれば、心理学や文学あたりを選択するのが自然な気がするし、経済学はもっとも縁もなく興味もない分野だったからである。

 

昨年独立をして、自分に圧倒的に足りないのは経済の知識だと痛感した。だから必要に迫られたのが始める動機なのは間違いない。しかし入門書を開いてみると、なにもしらないままに勝手に想像していた経済学とは別の側面が垣間見れたような気がするのである。そしてそれはぼくの興味を大いに刺激するのであった。

 

まずは、経済学に対する気持ちが本物かどうか何冊か図書館で借りて読んでみようと思う。これまた橘さんが教えてくれたカーリルというサイトを使えば簡単に蔵書検索ができることを覚えて重宝している。経済学に関する初歩的な知識をつけたのちに、自分の気持ちが本当ならば、放送大学とかなにか手段を見つけて本格的に学んでみたいと考えている。

 

ぼくが経済学を学ぼうとするもう一つの理由がある。ぼくは今、切実にパラダイムシフトを必要としている。GRIT JAPANを成功させるためには、単純にクリエイターとしてものづくりがしたいだけではダメだと思っている。一コンテンツの制作ではなく、仕組みづくりをしようとしている現在、視点の拡張或いは転換が必要なのだ。そして経済学がもしかするとぼくをパラダイムシフトへと導いてくれるのではないかという予感がするのである。

 

だから、ぼくは再び学びたいと思った。