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その棘を大事にしたい

ぼくが枯れ枝などを集めて写真を撮っているのを知って、息子がお父さんにあげるといって一本の枝を持ってきた。

それは小さな赤い実のついた枝で、うっかり触ったらチクチクと小さな棘が手や指に刺さった。

こんなトゲトゲのものをお父さんが好きそうだからという理由でもって帰ってきてくれた息子の気持ちが嬉しかった。

キミの手は痛くなかったかい。

 

枝に葉はなく果実が少し残っているだけだが、右へ左へと伸びた枝のバランスがいい。とくに茎元のひょろりんと

曲がったところにセンスを感じた。この部分は乾燥が進んでしまって枝が収縮しこんなふうになってしまったのだろう

とか考えるのが楽しい。

 

青人窯の一輪挿しに挿したら赤い実と花瓶のブルーの具合が見事にはまって美しい。

ぼくはこれをどうにか渋い感じに仕上げてみたくなった。インスタ映えはしないけれども抑制のきいた

よく見るといい写真がぼくの目指すところである。

 

美しい花には棘があるとは薔薇を指す言葉であるが、実際棘のある植物は多い。

棘は自ら動くことのできない植物の武器であり同時に自己主張でもある。

棘があるから一目置く。棘があるから認めてもらえる。棘があるから自分が自分でいられる。

棘はときに他を傷つけ、遠ざける。

自己表現がへたくそな人間と棘のある植物は似ているなどとこれまた眺めながらぼんやりと考えていた。

 

ぼくは20代までは棘だらけの人間だったが、いつしかその棘が抜け落ちてしまった。

棘があると人間社会は生きにくいが、まるきりないとなんだか生きている気がしない。

さび抜きの寿司が締まらないように、棘はわさびみたいなもので鼻につんと効く程度持っていた

ほうがいいのかもしれないと最近思うようになった。