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「スクールボーイ閣下」 ジョン・ル・カレ著

 

「スクールボーイ閣下」 ジョン・ル・カレ著

 

 

 

スパイ三部作の中間に位置するこの小説が、まさに第一作目の続編を描いていて驚いた。完全なる続編なのである。「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」はほとんど完璧すぎるほどの出来栄えだったから、まさか物語がその直後から始まるなんて想像できていなかった。ぼくはすっかりジョン・ル・カレのファンになったし、愛すべきキャラクターたちがまた活躍する物語に時間を忘れて読み耽った。

 

 

 

それにしても、日本語タイトルをつけたひとはずいぶん悩んだだろう。原作は「THE HONAURABLE SCHOOLBOY」という。スクールボーイは作中で活躍するスパイのコード名である。問題はHONAURABLEをどう訳するかという点にある。貴族の末裔ということで大層な修飾語が付いている。いかにもイギリス人が好みそうな言い回しであるが、おそらく一語で言い表す言葉は日本語にはないだろう。悩みに悩んで「閣下」。まあしょうがない。いっそのこと「裏切りのサーカス」みたいに全然違う題名をつけてしまう手もあったかもしれないが、映画と違って書籍でそういったケースはあまり見たことがない。その理由もなんとなくわかるけど。つまり映画は膨大な制作費を回収するのが第一義であるから、そのためのタイトル変更など大きな問題ではないのである。翻って小説はひとりの人間が書いたものであって、映画より個人的要素が強い。タイトルはもしかすると編集者が考えたものかもしれないが、それでも自分のもの、自分の分身という意識が高いだろう。だから翻訳は構わないけど変更はまかりならんと思っても不思議ではないし、作者の意思が尊重されるのだ。

 

 

 

さて物語は相変わらず地味路線一辺倒で進んでいく。書類を集めて痕跡をさがし辻褄を合わせて真相に迫っていく。この、ものすごく地味なのに読み手をひきつけて話さないのがジョン・ル・カレの真骨頂であるとぼくは思う。英国諜報部のジョージ・スマイリーがモスクワの仇敵カーラを倒すためにみつけた小さな綻びが香港にみつかった。異常な額の送金を発見して今にも切れそうな糸を手繰り寄せる描写にページをめくる手を止められなくなった。

 

 

 

それにしても諜報部というところはありとあらゆる書類があるものだなと思う。英国のサーカスはもとよりCIAもそうだしモスクワセンターもそうだし、フランスやドイツもそうだろう。日本は大丈夫かいなと心配になる程度に彼らの行動は徹底している。香港を主軸にカンボジア、タイ、ベトナムと東南アジアが舞台になって物語は進行して上下に別れた分厚い小説はあっという間に読み終わってしまった。ジョン・ル・カレを知らずに死なないでよかった。