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東京Nature

駐輪場に立てかけてあった子供用自転車を持ち上げると、バタバタと足音を立てて移動する物体が視界に飛び込んだ。思わず声がでて体を引きその正体を目で追うと、それは壁に身を寄せるようにしてこんどは気配を殺そうとじっとしていた。ヤモリだ。

 

そのヤモリは体長12、3センチある成体で、必死に体の色を変化させて床と同化しようとしていた。田舎にいけばヤモリなど珍しくもないのだろうが、都心部でヤモリを見つけたのは相当運が良かったというよりない。ヤモリは家守と書いてカやハエなどの害虫を食べてくれるまさに家の守り神である。

 

ぼくは息子に絶対に触るな、そして絶対に目を離すなと言った。目を離せばあっという間に逃げてしまう。しかし睨みつけてさえいたらヤモリは殺気を感じて動くことができないからだ。ぼくはいそいで部屋へ帰ってGR2を手にして足早に戻った。息子は生まれて初めてみるヤモリの成体に興味をしめして、言われたとおりにじっとにらみを効かしていてくれた。

 

ヤモリは完全に床と一体になったつもりで微動だにしない。カメラを20センチくらいまで近づけても動くことはなかったからぼくは様々なアングルで写真を撮った。息子がもうヤモリ飽きたはやく公園に行こうと言わなかったら、しばらくああでもないこうでもないといって写真を撮っていたに違いない。それほどまでに都会のヤモリは珍しい。

 

ぼくは後ろ髪をひかれる思いでその場をあとにした。息子と公園で遊んで夕方帰ってきたとき、当然のことながらヤモリの姿はもうそこにはなかった。ぼくは数時間前までヤモリがいた床と壁の際をじっとみつめてその残滓をさえ探そうとした。

 

もういないよ、とぼくは言った。

どこにいったの、と息子が聞いた。

ここじゃないどこかさ、とぼくは答えた。

 

梅雨の厚い雲が夜の到来を早めていた。外灯はまだついておらず雀色時の薄暗さが床と壁の際を曖昧なものにしていた。ぼくは耳を澄ましたが、ヤモリがバタバタ歩く音は聞こえなかった。