RAWからJPEGに変換したらほんのり青く色づいてしまった。もともと白い壁はもっとモノクロームのように白くしていて、JPEGの圧縮率によってこんなこともあるんだと知った次第。
レンズはシグマの105mm Macro。めちゃくちゃお気に入りレンズのひとつで、ブツ撮りならなんでもこれを使う。
ものが大きいともう少し広いレンズが欲しくなるけど、そうなると50mm Macroかあ。ソニー純正は設計も古い昔のミノルタのままだしその昔愛用していたこともあってなんだか面白みに欠けるなあ。
冬の森は本当に静かだ。風がなければ音がしない。それでもじっとしていると鳥たちの声が遠くから聞こえてきたりして、藪に目を凝らしてまさしく藪睨みしていると雀より小さな小鳥たちを発見できたりする。シジュウカラを筆頭に目白、エナガ。運がいいとコゲラも一緒に来る。あとヒガラかコガラ。どっちかわからん。茶色いのはヤマガラ。カラ類はみんな可愛い。
ウグイスは舌打ちするように藪の低いところを移動しているが目視できるのは稀。
大きな鳥はたいていカラスかハト。カラスはハシブトもハシボソも両方いる。ハトはドバトとキジバト。こないだ初めてコジュケイを見た。6,7羽で群れになって森の中を移動していた。飛ぶのが苦手な鳥らしく、走るのはやたらに速い。猛禽類も生息しているらしいが見たことがない。数も少ないだろうし、よほど警戒心が強いのだろう。
落葉樹の葉が大量に落ちてふかふかの地面を作り出す。樹木に巻き付いていた蔦類も巻き付いたまま枯れている。死んでなお絡みつくまるで道成寺の龍に化けた女ではないか。ところであの話は振られた男を龍に化けて焼き殺した女が、殺した男とともに仏になって天上へと上がっていく一見理解し難いハッピーエンドになっている。仏教の話にはそういうのがよくあって、鬼子母神も殺すだけ殺して神になったし、自身を供養するためにある人数の巻き添えが必要だとか、物語だけでは到底理解できない。しかしそれらも根底を知ればなるほどと納得がいったりするから、何事も上辺だけでなく真髄を知らねばならない。
巻き付いたまま枯れた蔦もまた子孫のための場所取りなのかもしれないと思った。森には多様な蔦が生えている。自立できない蔦類にとって、巻き付く木を確保することは生存において重要なことである。ならば子孫のためにこの体が枯れようとも場所を死守しようではないかとDNAに刻まれているのだ。
この蔦はなんという名前なのか。調べ忘れたのでまた森へ見に行ってこよう。森へでかける口実ができた。