日々、考えごと · 9月 16日, 2019年
雨は鬱陶しいが、雨の日に写真を撮るのは悪くない。 雲は天然のディフューザーとなり、光が柔らかく影と調和する。こんな日の影は美しい。 影の美しさを見せるには影の中の階調を大切にする。影が真っ黒につぶれてしまっては元も子もない。影の中にディテールがしっかりと見えてこそその影が美しいと感じる。...
おしごと紹介 · 8月 26日, 2019年
気温はゆうに35度を超え、うだるような暑さの中家族フォトの撮影を行った。 公園でセミ取りしたり、抜け殻を集めたりしてその様子を撮っていたが、さすがにこの暑さに子どもたちも限界に達した。...
日々、考えごと · 8月 17日, 2019年
先日用事があって門前仲町の富岡八幡宮へ出かけた。以前内輪もめの恥ずかしい事件があって全国的に有名になってしまった神社であるが、もとよりこの地に根付く歴史ある神社だけにその賑わいはまったく衰えていない。私も十年前結婚式の式場候補として妻と見学に来たことがあるが、周囲の雰囲気が好みでなかったため早々に候補外としたのは正解だったとあの事件後に妻とよく話したものである。 お盆休みで都内は明らかに人が少ないと感じるが、門前仲町はむしろ人が集まってきており、神社の境内に入ればより一層の賑わいを感じた。浴衣姿の女性を多く見かけたが、そのほとんどがサンダル履きで、草履を履いている女性は驚くほど少ない。画竜点睛を欠くと思うのは私だけだろうか。数こそ少ないが浴衣を着た男性は見かけた限り100%下駄なり草履を履いていた。サンダルの方が歩きやすいのはわかるが、ファッションは我慢であると藤原紀香も言っていたではないか。 見上げれば空はまだ青さを残していたが、ビルによって太陽を遮られた境内は早くも灯籠の明かりを際立たせていた。カメラを首から下げていたせいか、観光客に写真を撮ってと頼まれてiPhoneを手渡される。何を背景に撮りたいのかと聞けば本殿だという。すでに近づきすぎた本殿が背景に入り切ることはなく、仕方なく適当なアングルに切って縦横両方撮って返した。 用事が済んだので屋台が立ち並ぶ境内を足早に歩く。子供の頃あれほど心をときめかせた祭りの屋台に今は何の感慨も湧かない自分を見つけてふうんと思う。鳥居の近くまできてそう言えば本殿はどんな顔をしていたんだっけと振り返って写真を撮った。本殿は近代的なビルに囲まれてより一層その風格を増していた。
日々、考えごと · 8月 11日, 2019年
去年から坐禅会に通っている。ここのところ行けない日が続いていたが久しぶりに昨日参加することができた。座禅は25分をワンセットに2回行う。この25分が一瞬に感じることもあれば嫌に長く感じることもある。坐禅中はなにも考えてはいけないことになっているが、どうしたって色々なことが頭を回ってしまう。考えないために目を閉じるなと教えられる。目を半開きにして畳の目地でもぼんやりと眺めるのがいいらしい。目を半開きにすることを半眼を開くという。お釈迦様などの仏像はみな半眼状態である。 坐禅会に通う寺は清澄白河にある慧然寺という。かつては広大な土地を有していたというが、その大半を民間に売り渡して現在は都心部の寺らしくこぢんまりとしている。自転車を停める場所すらないので仕方なく電車で行っている。 坐禅中は写真のように時計を裏返しておいている。坐禅をしているときくらいは時計の時間経過から離れたいからだ。腕に着けていても邪魔なのでこうして逆さまにして置くのがちょうどいいことを何回か通って編み出した。 坐禅で難しいのは姿勢を保つことである。気がつくと背中が丸まってしまう。坐禅中は何度も姿勢を立て直すことになる。坐禅を行うたびに正しい姿勢を維持する筋力不足を痛感する。 坐禅が終わると住職による説法がある。たいてい良い話なのだが必ずクスリと笑わしてくるから話が上手いなあといつも思う。最後は座禅和讃という日本語で書かれたお経をみんなで詠んで終了となる。ぶつぶつ呟くような参加者と違ってお坊さんの声が朧朧と響く。そういえばお坊さんはみないい声をしているなと思う。入門試験に発声能力も試されるのかしらんとか思う。 明恵上人の本などを読んでいると、坐禅中にある種の普通でない状態になり見えぬものが見えたり、通常では想像がつかないことを体験したりするという。明恵上人に尋常ならざる神通力があったのかと言えばおそらくそうではなくてランニングハイのような坐禅ハイになる状態があるのだと思う。ぼくが敬愛する小説家マイケル・クライトンは著書「トラベルズ」の中でメディテーションを通してサボテンと会話するに至ったと書いている。 ぼくなどはまるで雑念だらけでとても心を無になどできやしない。それでも時間が許す限りせっせと坐禅会に通うのはなぜだろうかと思う。今はその答えを知らないが、物事には長く続けることでわかることというのがあると信じている。ぼくにとって坐禅もその一つなのだろう。
おしごと紹介 · 8月 09日, 2019年
今あるチラシを作っている。チラシづくりは本職ではないが、作ること自体は嫌いではない。まあそれがかっこいいかどうかはさておいて、チラシに載せる素材に和菓子が必要になった。依頼者に適当に買って撮っておいてよと言われたので、近所の和菓子屋に赴き写真写りが良さそう且つ美味しそうなものを二点ほど購入した。...
日々、考えごと · 7月 22日, 2019年
駐輪場に立てかけてあった子供用自転車を持ち上げると、バタバタと足音を立てて移動する物体が視界に飛び込んだ。思わず声がでて体を引きその正体を目で追うと、それは壁に身を寄せるようにしてこんどは気配を殺そうとじっとしていた。ヤモリだ。...
おしごと紹介 · 7月 18日, 2019年
結婚式の主役と言えば当然花嫁である。花婿は添え物である。それは自分でもそう思ったし、たぶん男ならみんなそう思っていると思う。別に添え物であっても何の問題もないのだ。もし花嫁をそっちのけにして花婿ばかり写真を撮っていたらブーイングの嵐にあうが、その逆であればまったく穏やかなものである。それに普段とは違うきらびやかな衣装をまとった方を撮影したほうが楽しいのも言うまでもない。 まるで冬物の厚手の掛け布団みたいな打掛を羽織る。この年代物の打掛には見事な刺繍がほどこしてある。今こんな手の混んだものは作れるひとも少ないし一体いくらかかるかわからないという。繊細な刺繍のニュアンスを出すように気を使った。白く塗った手の陰影も意識した。部屋に差し込む曇り空のさほど明るくない自然光だけが頼りだった。 これは着替えの最中の一コマで、スタイリストさんやヘアメイクさんがせわしなく作業している中での撮影である。時間がないから私がでしゃばることもできず、すきを突いてシャッターを切った。 たまには顔の写っていない写真も撮りたいのである。
おしごと紹介 · 7月 09日, 2019年
ウェブサイトには書いていないが、結婚式の写真もやっている。最近では前撮りとか、または写真だけ撮る(式も披露宴もしない)カップルが増えているそうだ。...
おしごと紹介 · 6月 24日, 2019年
ポートレイト(プロフィール写真)のサンプル掲載許可を頂いた。 ポートレイトは女性よりも男性のほうが掲載許可をもらいやすい。 例えば家族フォトのようなみんなと一緒の写真なら構わないというひとも、 ポートレイトのようにわりとかしこまった写真となると話が違うようである。 今回サンプル掲載いただいたこの方は、写真を撮られ慣れている。...
おしごと紹介 · 6月 20日, 2019年
妻に頼まれて会社で使うチャットアプリの顔写真を撮影した。ポートレートはそんな用途にもお勧めである。仕事している風ということでMacを持って撮影した。本当はLet's Noteなんだけど、悪いがそれでは絵にならないのでリンゴのマークに変更だ。...

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