日々、考えごと

日々、考えごと · 8月 16日, 2021年
「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の最終章がアマゾンプライムで公開されたので早速観た。オリジナルTVシリーズ最終話の完全なる焼き直しであり、なにひとつ目新しい展開もネタもなく、ここまで見どころのない映画も珍しい。無理矢理伏線を回収しようとしたあたり、これまた駄作道を極めた「スターウォーズ:エピソード9」を彷彿させるものがある。 これが興行収入100億円超えと聞いて、一番売れているビールが一番美味いビールではないという格言を思いだした。 前評判と「エヴァ」に対する期待を裏切られて大変がっかりしたので口直しに「すばらしき映画音楽たち」というドキュメンタリーを観たら、こちらはタイトルどおり素晴らしい映画だったので紹介したい。 ドキュメンタリーは映画音楽の歴史をタイムラインに置いて、著名な作曲家のインタビューでつないでいくスタイルだ。無声映画時代の音楽は劇場での生演奏であった。そのうちフィルムにサウンドトラックがつくようになると本格的な映画音楽の夜明けとなる。70年80年代のスターはぼくも大好きなジョン・ウィリアムズだ。スターウォーズはジョン・ウィリアムズの音楽なしには成立しないほど、彼の音楽は映画の血肉になっていた。のちの作曲家はほぼ全員がジョン・ウィリアムズの影響を受けているといって間違いないし、実際そう答えた作曲家も映像に登場する。 メジャー映画のサントラを任されるというのは大変な名誉だが、同時にプレッシャーとの戦いでもあった。期限のプレッシャー、監督やプロデューサーが満足するかどうかというプレッシャーが作曲家の肩に重くのしかかる。とくに予算の大きな映画は期限の超過を嫌うため(伸びた分追加費用が各方面で発生するため)制作期限に対する要求は大きい。作曲家たちは一様に恐怖を感じ、頭が真っ白になると告白する。 ドキュメンタリーをみていて、アメリカ人らしいと感じることがある。それは自分のインタビュー中に他人を褒めるということである。これが、日本人なら自分のインタビューは自分のことしか言わないひとが多いのではないだろうか。あるいは言ったとしても本人のことに絞って制作者がカットしてしまう。 ここで、制作者の立場として弁明しておきたい。ぼくが他人の話題をカットするのは (1) 本題と関係がない (2) 長い である。このドキュメンタリーを観ていてわかるのは、それほど無茶な編集をしていないということだ。つまり、みなさんお話が上手なのである。そのなかで、巧みにほかの作曲家の功績を称えているのはさすがであるし、普段からそういう態度で生活している証拠であると思う。自分の栄誉は他人のおかげというわけだ。 これは映画音楽をテーマにしたドキュメンタリーだが、ものづくりをしているひとなら皆頷けるような内容ばかりである。作品は自分の子どもである。自分の分身である。自分自身である。それが世間やクライアントがどう評価するか心底怯えている。酷評されるくらいならいっそのこと誰の目にも触れさせたくないとすら考える。しかしそうはいかない。ハラハラしながら、脂汗をかきながら、おずおずと差し出す。みんな同じである。受け入れられれば自信になる。その反対なら落ち込む。みんな同じである。 これは映画音楽を題材にしたクリエイターたちのドキュメンタリーである。必見。
日々、考えごと · 6月 07日, 2021年
苦情の顛末
先日遺影用の撮影をした母親から烈火の苦情を頂戴した件をブログにした。 その後どうなったかというのが今回のお話です。 顧客のニーズに応えるべく修正をすることにしました。商用というと語弊がありますが、広告などBtoBであれば ありとあらゆるレタッチ(修正のこと)を施すのは常識です。ポスターなどでみる俳優やモデルの顔がつるつるなのは...
日々、考えごと · 6月 03日, 2021年
苦情
先日母に遺影用の写真を撮って欲しいと頼まれたので撮ってきた。 写真をプリントして送ったのが月曜日、今届いたという電話があったのが水曜日。まさに受け取った直後に電話してきたようだった。 「なんでこんなババアに撮るんだよ!」 電話の第一声がこれである。こんな苦情聞いたことがないというくらいのすごい苦情だ。...
日々、考えごと · 10月 03日, 2019年
たまたま歩いていていい写真が撮れるということはめったに無い。いい写真を撮るぞという心構えのもとに何枚も写真を撮ってそのうちの一枚でもいい写真が撮れれば上出来である。 ストリートフォトグラフィというのは景色だけが良くでもだめで、そこを行き交う人、光線の具合など様々な要素が上手く噛み合ったときにようやくいい写真になる。...
日々、考えごと · 9月 16日, 2019年
雨は鬱陶しいが、雨の日に写真を撮るのは悪くない。 雲は天然のディフューザーとなり、光が柔らかく影と調和する。こんな日の影は美しい。 影の美しさを見せるには影の中の階調を大切にする。影が真っ黒につぶれてしまっては元も子もない。影の中にディテールがしっかりと見えてこそその影が美しいと感じる。...
日々、考えごと · 8月 17日, 2019年
先日用事があって門前仲町の富岡八幡宮へ出かけた。以前内輪もめの恥ずかしい事件があって全国的に有名になってしまった神社であるが、もとよりこの地に根付く歴史ある神社だけにその賑わいはまったく衰えていない。私も十年前結婚式の式場候補として妻と見学に来たことがあるが、周囲の雰囲気が好みでなかったため早々に候補外としたのは正解だったとあの事件後に妻とよく話したものである。 お盆休みで都内は明らかに人が少ないと感じるが、門前仲町はむしろ人が集まってきており、神社の境内に入ればより一層の賑わいを感じた。浴衣姿の女性を多く見かけたが、そのほとんどがサンダル履きで、草履を履いている女性は驚くほど少ない。画竜点睛を欠くと思うのは私だけだろうか。数こそ少ないが浴衣を着た男性は見かけた限り100%下駄なり草履を履いていた。サンダルの方が歩きやすいのはわかるが、ファッションは我慢であると藤原紀香も言っていたではないか。 見上げれば空はまだ青さを残していたが、ビルによって太陽を遮られた境内は早くも灯籠の明かりを際立たせていた。カメラを首から下げていたせいか、観光客に写真を撮ってと頼まれてiPhoneを手渡される。何を背景に撮りたいのかと聞けば本殿だという。すでに近づきすぎた本殿が背景に入り切ることはなく、仕方なく適当なアングルに切って縦横両方撮って返した。 用事が済んだので屋台が立ち並ぶ境内を足早に歩く。子供の頃あれほど心をときめかせた祭りの屋台に今は何の感慨も湧かない自分を見つけてふうんと思う。鳥居の近くまできてそう言えば本殿はどんな顔をしていたんだっけと振り返って写真を撮った。本殿は近代的なビルに囲まれてより一層その風格を増していた。
日々、考えごと · 8月 11日, 2019年
去年から坐禅会に通っている。ここのところ行けない日が続いていたが久しぶりに昨日参加することができた。座禅は25分をワンセットに2回行う。この25分が一瞬に感じることもあれば嫌に長く感じることもある。坐禅中はなにも考えてはいけないことになっているが、どうしたって色々なことが頭を回ってしまう。考えないために目を閉じるなと教えられる。目を半開きにして畳の目地でもぼんやりと眺めるのがいいらしい。目を半開きにすることを半眼を開くという。お釈迦様などの仏像はみな半眼状態である。 坐禅会に通う寺は清澄白河にある慧然寺という。かつては広大な土地を有していたというが、その大半を民間に売り渡して現在は都心部の寺らしくこぢんまりとしている。自転車を停める場所すらないので仕方なく電車で行っている。 坐禅中は写真のように時計を裏返しておいている。坐禅をしているときくらいは時計の時間経過から離れたいからだ。腕に着けていても邪魔なのでこうして逆さまにして置くのがちょうどいいことを何回か通って編み出した。 坐禅で難しいのは姿勢を保つことである。気がつくと背中が丸まってしまう。坐禅中は何度も姿勢を立て直すことになる。坐禅を行うたびに正しい姿勢を維持する筋力不足を痛感する。 坐禅が終わると住職による説法がある。たいてい良い話なのだが必ずクスリと笑わしてくるから話が上手いなあといつも思う。最後は座禅和讃という日本語で書かれたお経をみんなで詠んで終了となる。ぶつぶつ呟くような参加者と違ってお坊さんの声が朧朧と響く。そういえばお坊さんはみないい声をしているなと思う。入門試験に発声能力も試されるのかしらんとか思う。 明恵上人の本などを読んでいると、坐禅中にある種の普通でない状態になり見えぬものが見えたり、通常では想像がつかないことを体験したりするという。明恵上人に尋常ならざる神通力があったのかと言えばおそらくそうではなくてランニングハイのような坐禅ハイになる状態があるのだと思う。ぼくが敬愛する小説家マイケル・クライトンは著書「トラベルズ」の中でメディテーションを通してサボテンと会話するに至ったと書いている。 ぼくなどはまるで雑念だらけでとても心を無になどできやしない。それでも時間が許す限りせっせと坐禅会に通うのはなぜだろうかと思う。今はその答えを知らないが、物事には長く続けることでわかることというのがあると信じている。ぼくにとって坐禅もその一つなのだろう。
日々、考えごと · 7月 22日, 2019年
駐輪場に立てかけてあった子供用自転車を持ち上げると、バタバタと足音を立てて移動する物体が視界に飛び込んだ。思わず声がでて体を引きその正体を目で追うと、それは壁に身を寄せるようにしてこんどは気配を殺そうとじっとしていた。ヤモリだ。...
日々、考えごと · 6月 07日, 2019年
これはカンパニョーロのケンタウルハブである。ハブとは車輪の軸にあたる部品のことで、内部に仕込まれたベアリングによりスムーズな回転を実現している。 新品未使用品である。ぼくはこのハブを2セット持っていて、1セットはホイールにして使っているが、もう1セットはいつか来る日のために保存している。シルバーカラーのハブは貴重なのだ。...
日々、考えごと · 5月 15日, 2019年
Do not go gentle into that good night. Old age should burn and rave at close of day; Rage, rage against the dying of the light. Though wise men at their end know dark is right, Because their words had forked no lighting they Do not go gentle into that good night. Good men, the last wave by, crying how bright Their frail deeds might have danced in a green bay, Rage, rage against the dying of the light. Wild men who caught and sang the sun in flight, And learn, too late, they grieved it on its...

さらに表示する